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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)4007号 判決

原告 株式会社 全国書房

被告 佐々木徳蔵

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は、原告に対し金一七一、六六〇円及びこれに対する昭和三一年一〇月一七日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

「(一) 原告は、昭和三一年二月自家乗用車として使用する目的で被告から中古品である一九五四年式オースチン四輪自動車一台を代金六二万円で買受け、同年七月一四日原告名義に登録を受けた。ところで、右買受けの際、被告は、右自動車は被告において従来自家乗用車として使用していたもので、三万ないし四万キロ程度走行したものであるから、向う一年間は修理の必要全くないものであるといつたので、原告は右買受けをなすに至つたものである。

(二) 原告は、右自動車を右売買と同時に引渡を受け、これを使用し同年三月中旬頃大阪市南区心斎橋附近を走行中、右側車輪がはずれたので、自動車修理業訴外太陽自動車株式会社で車体の検査をなさしめたところ、車輪にはボール四本が必要であるのに二本しかなく、しかも従前における自動車の使用度が甚だしかつたため、相当な修理をしないと危険な程各部が損傷していることが判明した。そこで、原告は、その頃右会社に対し右自動車の修理を依頼した結果、別紙目録記載の各部分につき修理するを要し、右会社においてその修理をなし、その修理費として同目録記載の合計一七一、六六〇円を要し、原告は、右会社に対しこれを支払つた。

(三) 本件自動車の右修理をなした各部の損傷は、民法第五七〇条にいう「隠れたる瑕疵」に該当するものであつて、被告の出捐した右金一七一、六六〇円の修理費は結局右瑕疵による損害というべきであるから、被告は、原告に対しこれを賠償すべき義務があるわけである。

(四) よつて、原告は右損害金一七一、六六〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日である昭和三一年一〇月一七日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。」

と述べ、

被告の(二)及び(三)の各主張に対し

「右(二)の主張事実は争う。右(三)の主張事実中、本件売買当時、原被告がその主張の営業を営む商人であつたことは認めるが、その余の事実は争う。」

と述べ、

立証として、甲第一、二号証を提出し、証人平山正義、山本勝二郎、和布浦幸太郎、中林鼎輔の各証言、原告会社代表者本人尋問の結果を授用し、乙第一号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

答弁及び抗弁として、

「(一) (請求原因に対する認否)

原告主張の(一)の事実中、原告がその主張の日時被告から本件自動車をその主張の代金で買受け、その主張の日時その主張の登録を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実中、被告が本件自動車を売買と同時と引渡を受けその後使用したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)の法律上の主張は争う。

代金は一時払ではなく、売買成立の日から昭和三一年七月一〇日までに数回にわたつて分割支払われたものである。

(二) 被告は、本件自動車売買の際、原告会社に対し原告主張(一)の後段のように向う一年間は修繕の必要全くないといつたことはない。もつとも本件自動車に対する陸運局の次の検査日は昭和三二年一月であるから、それまで約一カ年間無検査で使用できると告げたことはある。本件自動車の売買は中古自動車の売買であるところ、一般に中古自動車の売買にあたつては、買主は、当該自動車の次回検査日までの期間(これは自動車検査証により明かである)、自動車の経歴(これは陸運局で調査することができる)、自動車の製造元、年式外観、を基準とし試運転を経た上決定する慣習である。新品でなく、中古自動車である以上は、売買当時、運行可能でもエンジン、等の主要部分をはじめ、その他の部分につき若干の損傷があり相当程度の修理を要する状態にあることはいうをまたないところであつて、それ故にこそ中古品は新品に比し相当程度低い価格で売買せられるのである。

買主は勿論、右程度の修理を要することは承知の上で前記基準を考慮し、試運転の上買受価格を決定するのである。中古自動車の売買につき、車体を解体し、各部につき点検した上で行われる例はない。本件自動車が新品であれば、本件売買当時の現金取引価額は一一八万円であつたが、中古品であるのでその約半額の六二万円で売買せられたのである。中古自動車である以上、自動車修理業者をして修理せしめれば、修理を要するとして各部において相当程度の修理をなすは当然である。原告は、本件自動車の修理費に合計一七一、六六〇円を要したと主張しているが、その修埋部分を検討するに、修理を要しない部分を修理し、部分を新品と取りかえ、修理というよりは、部分を新品と取りかえて、新品の自動車化せんとするものでぜいたくのためになしたものである。上述のように中古自動車は運行可能でも新品のように全然修理を要しないものでなく、各部において若干の損傷あり、相当程度の修理を要する状態にあるものであり、中古自動車の売取取引においては、買主は右承知の上買受けるものであるから、右修理を要すべき損傷をもつて、民法第五七〇条のいう「隠れたる瑕疵」ということはできない。故に、本件自動車につき仮りに原告主張のように、修理すべき損傷があつたとするもこれは「隠れたる瑕疵」とはいえないから、原告の本訴請求は失当である。

(三) 仮りに、右主張が理由なく、本件売買の際、本件自動車に原告主張のような瑕疵に該当する損傷があつたとするも、本件売買当時原告は書籍等の出版販売業者であり、被告は、自動車販売修理業者であつて、いずれも商人であつたから、本件売買は商人間の売買であり、従つて右瑕疵は商法第五二六条第一項後段にいう「売買の目的物に直ちに発見すること能ねざる瑕疵」に該当し、原告は同条所定の通知義務があるというべきである。ところで、原告はおそくとも甲第一号証(請求書)の日付である昭和三一年五月一日までには既に右瑕疵を発見したものであることは明白であるところ、その後本件訴状が被告に送達せられた同年一〇月一七日に至るまでの間被告に対し右瑕疵の通知をなさなかつたから、同条により右瑕疵に因る損害賠償を請求することはできない筋合である勿論売主である被告に同条第二項の悪意は存しない。

(四) 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、理由なく、棄却せられるべきものである。」

と述べ、

立証として、乙第一号証を提出し、証人中林鼎輔の証言、被告本人尋問の結果、鑑定人中林鼎輔の鑑定の結果を援用した。

理由

原告が昭和三一年二月被告から本件自動車を原告主張の代金で買受け、同日その引渡を受け、その後使用していたことは当事者間に争がない。証人和布浦幸太郎の証言により成立が認められる甲第一号証、証人平山正義、同山本勝二郎(一部)、同和布浦幸太郎の各証言、原告会社代表者及び被告各本人尋問の結果(但し原告会社代表者本人はその一部)弁論の全趣旨を総合すると、原告会社は、本件自動車を自家乗用車として使用する目的で買受けたものであること、本件自動車売買契約締結以前に、原告会社代表取締役田中秀吉は、原告会社雇入れの自動車運転手山本勝二郎と共に、本件自動車につき、その車体の機関その他の各部を検査(解体しないで検査)し、自動車検査証により陸運局の次の検査日が昭和三二年一月であることを知り、距離計により従来の走行距離三万キロ位であることを知り、なお、被告運転の本件自動車に同乗して大阪市内の原告会社と肥後橋間の往復距離約六町を走行して、運行の状況を検査した上、右代表取締役において被告と本件売買契約を締結したものであること、その後原告において本件自動車を使用し同年三月中旬頃同市南区心斎橋附近を走行中、故障を生じたもので、訴外太陽自動車株式会社に依頼して応急の修理をなした上引続き使用しその後同年五月頃同会社をして本格的に修理せしめたところ、同会社は別紙目録記載の修理をなし、同記載の修理費を原告に請求したので、その頃原告はその支払を了したものであること、が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。原告は、本件自動車売買の際、被告において、本件自動車は向う一年間は修理の必要全くないものであるといつたので原告はこれが買受をなすに至つたと主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はない。

原告は、原告において、右認定の本件自動車の修理をなした各部分の損傷は、民法第五七〇条にいう「隠れたる瑕疵」に該当するものであると主張し、被告は、本件のような中古自動車の売買においては、一般に該自動車に若干の損傷あり、従つて相当程度の修理を必要とする状態にあることは当然で、買主はこれを承知の上で買受けるものであるから、その修理を要すべき損傷をもつて、同条にいう「隠れたる瑕疵」ということはできないのであつて中古自動車の売買においては右「隠れたる瑕疵」はあり得ないものであると主張するので、まず被告の右主張の当否につき検討する。

中古自動車の売買においては、一般に、買主はまず自動車検査証により当該自動車の次回検査日を調査する。けだし次回検査日までは小修理は度々要するかもしれぬが、検査に合格する程度の大修理は要しないのが通例であるから。次に、距離計により従来の走行距離を調査し、陸運局において自動車の経歴を調査し、自動車の機関その他車体の各部を解体しないで点検し、製造元、年式等を調査し、最後に試運転を経た上、買受価格を決定するものである。以上が、中古自動車の売買にあたり、買主が買受価格決定のため、通例なす自動車の調査、点検等の方法である。本件においては、原告は、前認定のように、陸運局における自動車の経歴調査はしなかつたが、その余は大体右のような調査、点検等の方法を講じて買受価格を決定したのである。しかし中古自動車の売買においては、売買の目的物そのものが新品でなく、中古品であるから各部分はすべて完全ではなく、多かれ少かれ、若干の損傷の存することは、当然である。ただ、かかる損傷の存するにかかわらず、運行に支障を生じない状態にあるに過ぎない。そして、その損傷は、今ただちに修理しなくとも、運行に支障はないけれども、自動車はその構造の有機的複雑性の故に、使用すればする程各部分が損傷しやすく、現在ある部分に存する損傷が、運行に差支がなくても、損傷の程度が深くなると他の部分の損傷を招来し、かくて各部分が相互関連して、損傷を頻発するものであるから、修理を要する場合が多くなるものである。従つて、中古品の売買においては、売買当時既に、若干の損傷部分があり、その損傷部分の存在にもかかわらず、自動車は通常の用途に使用できるが自動車保存のため又は運行をより円滑にするため修理した方がよい場合が多い。

かような損傷部分も自動車修理業者は修理を要するものとして修理するのが通例である。中古自動車の売買においては、買主はその売買当時既に右のような程度の損傷が存すべきこと、従つて、買受後相当程度の修理を要すべきことを見込んで買受価格を決定するのである。従つて、中古自動車の売買において、その売買当時当該自動車に以上のような程度の損傷が存在していても、その損傷を目して民法第五七〇条の「瑕疵」ということはできない。中古自動車の売買において同条の「瑕疵」があるというためには本件についていえば、中古品である一九五四年式オースチン四輪自動車として通常有すべき品質、性能を標準として、損傷度が前記程度を越える損傷の存する場合であることを要するものと解する。そしてかような程度の損傷すなわち、瑕疵が隠れたものであるというためには、取引界で要求される普通の注意を用いても発見されないものであることいいかえれば、買主が瑕疵を知らず、かつ、知らないことにつき過失のないことを要する。本件についてこれをみるに、本件売買後本件自動車は修理せられたので、その修理の対象となつた各損傷部分が売買当時既に存在していたものであり、かつ右に説示した瑕疵に該当するものであるならば、前認定のように原告は本件売買において解体しないで、車体の機関その他の各部を検査(かような検査方法が通例であつて、この点につき原告に過失はない)したので、右瑕疵中にはいわゆる「隠れたる瑕疵」に該当するものがあり得るわけである。以上の次第であるから、一般に中古自動車の売買においては、当該自動車に民法第五七〇条のいわゆる「隠れたる、瑕疵」はあり得ない旨の被告の前示主張は採用することはできない。

そこで、進んで、本件自動車に、隠れた瑕疵があつたかどうかについて審究しよう。

民法第五七〇条にいう「隠れたる瑕疵」は、売買当時に存したことを要する。従つて、売買成立し買主が売買の目的物の引渡を受けた後に生じた物質的な欠点は瑕疵とはいえない。原告は、前認定のように、昭和三一年二月被告から本件自動車を買受け、即日その引渡を受け、その後引続きこれを使用し、同年三月中旬故障を生じたので、応急修理をなした上、なお使用を継続し同年五月頃前認定の修理を了したのである。従つて、その修理の対象となつた損傷の各部分に、仮に、民法第五七〇条にいう「瑕疵」が存在したと仮定するも、それが本件売買当時既に存したものか、引渡後生じたものか不明であり、また右損傷の各部分中には、仮に売買当時存したとしても右「瑕疵」に該当しない程度のものも含まれていることが考えられる。従つて、本件においては、修理の対象となつた損傷の各部分中、いずれが右「瑕疵」に該当するかを断定することはできない。

以上の次第であるから、右「瑕疵」の存することを前提とする原告の本訴請求は、理由がなく、棄却すべきものである。よつて民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

目録〈省略〉

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